夢女と言うより夢書きとして自分が陥りやすい思考についてですね…。まずジャンプ系の作品がそもそも「努力・友情・勝利」の軸で作られてるはずなので、それらは素晴らしい!みたいな内容になっているはず。プラスして、恋愛とか正義とは?みたいな部分も読者に投げかけてると思ってる。んで、自分は悪役側を好きになりやすいので余計にそうかもしれないんだけど、最近よく言われている「悪役も悪役なりの正義のもと行動している」って考えがとても好きなんです。何故かと言うと、現実でも誰かの正義は誰かの悪ってざらじゃないですか。だから、それぞれのジャンプ作品が完結した際に出す作者なりの答えってのが大抵は上記の「努力・友情・勝利」は素晴らしい!みたいになりがちなんだけども、夢小説を書いてると悪役お相手が多いので「本当にそう?」って結論を提示してしまう作品ばかりになってしまう。なんか、言いたいことまとまってないな…。
長々書いたけど、つまり何が言いたかったのかって言うと、ジャンプ系の好きな作品はその終わり方で最高だしとっても好きなのに、推しが悪役になりがちだからその作品の中での正義を疑問視するような夢主を作りがちになってしまうな、というお話なのです。いや、全然簡潔にまとめられるじゃん。さっきの自分どうした?ってぐらい簡潔にできた。
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夢女と言うより夢書きとして自分が陥りやすい思考についてですね…。
まずジャンプ系の作品がそもそも「努力・友情・勝利」の軸で作られてるはずなので、それらは素晴らしい!みたいな内容になっているはず。プラスして、恋愛とか正義とは?みたいな部分も読者に投げかけてると思ってる。
んで、自分は悪役側を好きになりやすいので余計にそうかもしれないんだけど、最近よく言われている「悪役も悪役なりの正義のもと行動している」って考えがとても好きなんです。何故かと言うと、現実でも誰かの正義は誰かの悪ってざらじゃないですか。
だから、それぞれのジャンプ作品が完結した際に出す作者なりの答えってのが大抵は上記の「努力・友情・勝利」は素晴らしい!みたいになりがちなんだけども、夢小説を書いてると悪役お相手が多いので「本当にそう?」って結論を提示してしまう作品ばかりになってしまう。
なんか、言いたいことまとまってないな…。
長々書いたけど、つまり何が言いたかったのかって言うと、ジャンプ系の好きな作品はその終わり方で最高だしとっても好きなのに、推しが悪役になりがちだからその作品の中での正義を疑問視するような夢主を作りがちになってしまうな、というお話なのです。
いや、全然簡潔にまとめられるじゃん。さっきの自分どうした?ってぐらい簡潔にできた。